青リンゴさん(1961T-2 23W)

ワーゲンバス 23W


「青リンゴ」46歳、長女20歳・長男12歳・次男10歳のオヤジです。

VWとの出会いは、私が当時18歳学生の頃スキーショップを経営していた従兄弟が、TYPE1・1200LSを所有していまして、結構ヤレた代物でしたが、背中にスキー板を
積んで一緒に長野に出掛けたのが初搭乗でした。
子供の頃、BEETLEはお医者さんのクルマって思い込んでたので、
「こんな身近に存在しててもええんか?」って感じでした。
何のストレスも無く山道を走り抜ける力強さに、
外観との大きなギャップを感じた事を思い出します。
その時、従兄弟が35歳でしたので「35歳までには絶対VWに乗る」って決断したような気がするのですが、定かではありません・・・
時は流れて、33歳になった私は数々の国産車を乗り継いで来たのですが、
新しいクルマに乗る瞬間だけにしか快感を感じないし、
生来飽きっぽい性格なので、3年以上のお付き合いは無理でした。
 
やっぱりVWが欲しい!いきなり「クルマを探しに行く」と家内に言い置いて、
近畿圏のSHOP放浪が始まりました。
程度のいいクルマは見つかったのですが、試乗して街角のショウウインドゥに映る
自分とTYPE1は、何か「しっくり」してない、
「やっぱりお医者さんのクルマなんや」子供の頃の記憶が甦ってしまいました。
しかしその時SHOPの片隅のBUSに目が止まったのです、
右脳が「あれやっ!」って吼えました。
そこに居たのは、1959年の23wでした。隅々まで舐めるように見たら、
運転席の床に溶接の跡「この年式だから普通です」って
言われ、「そらそやろなぁ、自分と同じ歳やねんもんなぁ」って納得しつつ、
もっといい奴を探し出す事を心に誓ってそのSHOPを後にしました。
探すこと半年余り、京都市内のSHOPでその出会いはありました。
1961年23w!しかし購入後2年程してSHOPは倒産してしまいました。
メンテに不安を感じながら走っていましたが、ある時信号待ちをしていたら
アクセルペダルが床に「パタリ」エンジンはアイドリング状態、「ん?」
アクセルワイアーが切れたのか?。路肩に止めて裏を覗けば案の定でした。
電信柱に広告を止めてある針金を取り、応急処置をして走り出したBUSのシンプルさに「単車より簡単やん」って感動したものです。
バグサンデーに向かう中国自動車道では、ゴムの焦げる匂いがしてきたなぁって
思った瞬間「バンッ!」って音が後方から聞こえチャージランプが点灯、
ベルトが切れた〜。たまたま前方が渋滞していたので、
スピードダウンしている女性ドライバーのクルマを止め
「パンスト持ってませんかぁ?」変質者扱いされながらも、親切な人に巡り会える事を信じつつ、半泣き状態でパンストを探しました。
教訓「スペアパーツは搭載しておこう」
 
ある日近所をウロウロしていたら、BEETLEが溜まっている店を見つけ、
立ち寄ってみると、またしても運命的な出会いがありました。
店先の駐車場で、地黒なのかオイル汚れなのか解からないような
兄さんが居たので「ここはVWの店ですか?」って聞けば、
「喫茶店ですよ」ってことでした。
その店は
oldcomerのオーナーのmasaさんのお兄さんが経営されてる
「JUNK」だったのです。
そうです、店先に居た地黒なのかオイル汚れなのか解からないような兄さんが
masaさんでした。
その時masaさんは、「2週間後にアメリカに渡って、VWの修業をして
帰国後SHOPを始める予定です」って事だったのです。
帰国後、全てのmaintenanceをお願いしておりますが、手始めにエンジンの
オーバーホールをして貰った時、こいつが新車の時って
こんなんだったんだろうなって思うほどの感動は今でも鮮明に憶えております。
とにかく点検から車検まで、Pitoutしてくる度に調子が良くなってくるのですから
驚きです。
BUSの主治医として今年7年目、あの時「JUNK」を見つけていなければ、
今でもBUSが手元にあるかどうか解かりません。
 
BUSが我が家に来て13年、家族の一員になってしまったクルマって他にある

 

群馬県 Kさん  (1974 1303S)

ビートル 1303

                     
元野球少年(67年生まれ)、妻(72年生まれ)、長男(99年生まれ)、
長女 (01年生まれ)
VWオーナー歴(05年1月から)  VW大好き歴30年以上

妻と共稼ぎのサラリーマンで、子供が2人と言う、ごくフツーの4人家族。
忙しい日常生活の中、気が付けば30代も後半にさしかかったある日。
妻と子どもを起こさないように静かに家を出た。(夫婦げんかのせいではない)
これから、京都の「Old comer」で車を見るため、バス、電車、新幹線を 乗 り継いで
片道6時間の旅をするからだ。
ちょっと、頑固おやじ風のmasaさんと、とても気さくな奥さんに、
1303スー パービートルを見せてもらった。

あらかじめ、リフトアップしてあり、下回りや、内・外装に至るまで
つぶさに見せ てもらった。
極めつけは、仮ナンバーをつけて、法定速度内でフル加速?をしたときの
三角窓から入る風の爽快感。
ここでもまた、ビートルに対する当時の感覚が鮮明によみがえってきた。

宇宙戦艦ヤマトごっこや8時だよ全員集合ものまね・・・何の悩みも無く、た
だ、楽しかったあの頃。
おじの乗っていた黄色い「ワーゲン」(ビートルのこと)に乗るのが大好きだっ た。

エンジンの音・におい・助手席からの眺め。・・・当然、大人になったら「ワーゲ
」に乗るものだと思っていた。
大人になった今、いろんな意味で将来への不安が増す日々の暮らしの中、
ちょっと不便だったかも知れないけど、精神的に豊かだったあの頃への、
ノスタル ジックな気持ちが、「ワーゲン」に結びついたのかも知れない。
自分と同じ時代を生きてきた「ワーゲン」にのりたい!

幸いにも妻は、最初で最後のわがまま(夢)だろうから、と理解してくれた。
妻も小学生の時に、赤い「ワーゲン」に乗っていた近所のおしゃれなお母さんに
あ こがれていたことや、 今の子供達にも、乗って楽しいあの感覚を
体験して欲しいと思っていたことも初 めて知った。

しばらくは、近所のショップへ通ったり・インターネットを調べたりして、
同じ 「ワーゲン」でも様々なタイプがある事や、
自分はストラットタイプが好みだと言う事がわかってきたところで、
縁あって 「Old comer」に出会ったのだ。

前のオーナーさん家族に、30年間大切にされてきた素直な実車に触れて、
すぐに 気持ちが決まってしまった。
・・・なぜ?って、聞かれても、恋と同じで「ピピッ」と直感したんだから仕方な  い。

とても楽しみにしていた納車の日、本当に、宮下さん家族が自走で群馬まで
来てく れた。びっくり!(片道800km)
さすが、「Old comer」技術に自信あるんだなぁ。

子供達も「ゆうじんくん」と楽しい時間が過ごせたみたいで、「また、遊びに来な
いかな?」と楽しみにしている。
05年1月の納車以来、全くのトラブル知らずで、また、びっくり!(当たり 前?)
公共交通の通勤のため週末しか乗れないけれど、Old comerのHPのとお
り、「Fun to drive」運転が楽しくて仕方ない!

うちの「ワーゲン」は、すでに子供の幼稚園(特に若い先生)の人気者になってし
まったが、妻が男勝りの運転をするため、 子供達は「お父さんの運転がいい」
と言っている。

我が家に「ワーゲン」が来てくれて、本当に良かったと思う。
でも、もっと早く「ワーゲン」の世界に飛び込めばよかったと、少し後悔もしてい る。

ビートル 1303 (2)


 

『3140』 29歳 VW歴5年 
(’64DORMOBILE ターコイズ/白 ,嫁28歳 ’55OVAL 黒)

 

T-2 ワーゲンバス ドアモービル

 

僕がVWと出会ったのは今から10年前、免許を取って1年後のことで
当時クラシックなワンボックスが欲しかった僕は、突然目の前に現れた黄/白の
COMBIを見て周りの景色が田舎のアメリカになりました

そこからVW探しが始まったのですが、10年前はなかなか街で見かけることもなく、本を見てプラモデルを作り、ミニカーを買ってずっと気持ちを抑えていました。
しかしどうしても本物に会いたくて、京都のSHOPへ見学に行きました。
自分の好みの仕様(当時はフルレストアの23Wでローダウン)を伝えると、
見積書を作ってくれてとても感動したのを憶えています。
 
『お金が出来たらすぐここに買いに来る!』と言い残して店を後にしました。
しかし300万!学生の身分で買える訳もなく、また本とプラモとミニカーの毎日が
続きました。(プラモとミニカーをやめろよっ!!って感じですが・・・)
この頃から金はないけど気持ちがどうしようもなくなり、関西のSHOP巡りも
始めました。
 
 そんな毎日が続いたある日、1台のBUSと出会います。そのBUS
家から近いところにいたので良く見に行きました。が、いつもカバーを
かぶっている。。。見たい。。。僕はチャイムを鳴らしていました。
 
そこで出会ったのがVW初めての友達、青りんごさんです。
青りんごさんからは年齢を無視したパワーを感じました。
青りんごさんに『欲しいと思っていればいつか夢はかなう!
そしてそれは一生の宝物になる!』
と言われました。今でもはっきり憶えています。1997年9月28日。。。
この日は今の嫁さんと付き合い始めた日でもあるのです。
この6年後の2003年9月28日に結婚するのですが。。。
 
 それからしばらくした頃、近所にVWSHOPが出来ました。
それがOLDCOMERでした。
青りんごさんが一押ししていた店なので、そこでもBUSを探してもらうことにしました。
(23Wのレストアベースをフルレストア、ローダウンでetc...などとうるさいことを言う客だったと思います)
 
 就職先が決まり驚異的なペースで貯金をし、いよいよ夢が現実的に
なってきたけど、なかなか車が見つからない。。。車を探し始めて1年程待った頃、
『実はうちにこんな車があるのよ』と見せてくれたのが’64ドアモービルでした。
しかし23Wを探していた僕はやはり待つことに。。。
一度21Wが見つかるが予算の関係で断念。さらに待つこと1年。。。
BUSに生クリームを垂らしたようなドアモービルが少し気になってきて、
23Wを惜しみつつ購入へ。
 
くにさんに紹介されてキャンプクラブに入会、年式と特徴を言っただけなのに
会長さんは『OLDCOMERで買ったやろ』と。。。
僕は『何で知ってんねん!こわっ!』と思ってしまいました。
その怖さは後々見にしみて体験することになるとは知りもしませんでした。
 
入会、納車から1ヶ月後、運命的な?致命的な?出会いがありました。
会社で『もしかして3140君?』と声をかけてきたのがVWCMCの会長さんでした。
偶然にも同じ会社の同じフロアで働いていたのです。
このとき初めて自分の名字の珍しさにありがたみを感じました。
 
それからは純正仕様、部品の大切さキャンパーの奥深さなどなどを教わり、
もともとmasaさんからも純正の大切さを聞いていたのもあってどんどん純正の深みへはまっていく事になりました。
購入時はボディーカラーや内装が気に入らなかったけれども、今では内装もとても気に入っているし、何よりオリジナルのボディーカラーがとても気に入っています。
もしあのときお金があったらいろいろなSHOPを回って勉強することもなかっただろうし、希少なキャンパーにも出会ってなかったでしょう。
車高も低かったかもしれません。もしかすると最悪、手放しているかもしれません。
全てがラッキーな方向に働いたように思います。
 
 T-1 ビートル オーバルウィンドウ
 僕がVWに乗るようになってから、嫁さん
(当時は彼女)もVWに乗るための修行をしました。
オートマ免許をMTに切り替え、国産のMTで
慣らし、BUSを少し運転するようになりました。
するとVWを買おう!と言うことになり、
前から気になっていたOVALを買う事に
しました。
BUSの時ほど待つことはなく、希望していたものが見つかりました。
何事もないように運転する嫁を見て『成長したなぁ』としみじみ思いました。今は毎日、嫁の通勤に活躍してくれています。
 
嫁さんは今、同じ女性オーナーの友達を欲しがっています。
そんな嫁さんから一言『オーバルを購入した頃は勤務先やスーパーでmasaさん
(主治医)を何度か呼んだ事もありました。
動かなくなる度に何かカッコ悪さを感じ、一人泣きそうになったことです。
 でもmasaさん&クニさんに「車に試されてるのよ!」と言われ、
それからは故障の度にオーバルと仲良くなっていく気がしました。
今ではカッコ悪いなんて気持ちも無くなり、「あらあら・・・」とのんびりしているもんで、オーバルに乗ってスーパーから信州への一人旅までゆったり時間を
過ごさせてもらっています。』
 
ビートル購入後、僕は今、購入時まったく意識していなかったビートルのアクセサリーパーツの多さとセンスに悩まされています。そしてこれからも続くでしょう。

 

大阪府 会社員Y(44)、妻、長女(中1)、長男(小1)の4人家族です。
(1967 Westy)

T-2 ワーゲンバス ウェストファリア



「VWと共に」


子ども達も大きくなり、コンパクトなマイカーでは何かと使い勝手が悪く、
そろそろ乗換えを検討していたので,ネットでの検索が日課になっていました。

メンテフリーの現代の車はあらゆる装備が付加され、まさに至れり尽くせりですが、
何故か、私は逆に物足りなさを感じていました。
 上手く言えませんが、「個性」「遊び心」「面白味」とでも言うのでしょうか?
メーカーが違っても私には、どれも同じような車に映ってしまうのです。
 6年近く乗っている今の車で十分と思えてくるのです。

 それからしばらく車の件は気に掛けなくなりましたが、次回車検を通すか、
買い替えか、そろそろ決断しなければならない時期に迫られ、
再び検索するようになった或る日のこと、某中古車センターのHPで、
メンテフリーの車に紛れ1台のVWに釘付けになりました。
なんともおとぼけ顔でレトロ感漂う存在感のある固体を発見!
こんな車が現存する事の驚き!
果たしてまともに走るのか?正式な車名は?それから徹底的に調べまくりました。

VW T-2, 通称:ワーゲンバス ほぼ全国に空冷VW専門のショップが存在し、
またクラブやイベントも行われており、雑誌や日本語版のメンテ本まででている!

「やられた!こんな世界があったなんて!」こうなると「欲しい」「乗ってみたい」
という思いが強くなっていきました。
 折を見て、妻に相談しましたが、「30年以上も前の車に子どもたちの命、
預けられないよ」冷静に考えて、妻の方が正論かもしれませんが、
既にVW病に冒され始めていた私は諦め切れませんでした。
 その後も、ますます思いが強くなり具体的に「アーリーモデルのキャンパーに乗りたい!」と思うようになり、週に3日はキャンパーのオーナー(夢の中)でした。
 さらに、ワーゲンバスのミニカーを買いあさったり、
VWショップのHPを徘徊しまくりました。

幾度か、妻と衝突してギクシャクした事もありました。ビートル&バス
もうVWの事は口に出すまい・・。
半ば諦めかけていた或る日の事、
珍しく妻の方から
「今日ワーゲンバス見かけたよ・・。」
この日、条件付(購入後は小遣いの範囲で
メンテする)で、購入を了承してくれました!

思わず大声で「ヤッター!」と叫んでしまいました。
妻もずっと私の事、
VWの事を気に掛けていてくれたのです。
「ありがとう。」

購入に際して、ショップはもう決めていました。
この半年、メールでいろんな質問をさせて頂き、その都度、
親切丁寧な回答をして頂いた old COMER さんに。

なんといっても、オーナーのmasaさんのVWに対する情熱に惚れ込みました。
妻から了承が得られる前に、old COMER さんから整備で入庫した
ウエスティーを見せて頂き、装備を一通り説明してもらった後助手席に
同乗させていただいた時の感動がよみがえります。

私のキャンパー探しを、お願いしてから6ケ月、カリフォルニアから海を渡って
ようやく私のも元へやってきました!諦めかけていた夢が叶ったのです。

ちなみに、このキャンパーはmasaさんの修行先 「West Coast Classics」
の従業員の方が乗っておられたキャンパーで、(90%オリジナルペイント)、
私が3人目のオーナーとなりました。

早いもので1年経過しましたが、街中ではキビキビ走り、高速でも100`巡航可、
オリジナル仕様で、 今の所トラブル知らずです。
きちんと整備されたVWは、メンテフリーの車の流れに問題なく乗れてしまう事を、
実感しました。

昨年の夏に淡路島でキャンプをしました。私たち家族にとって掛け替えのない
ひと時を過ごす事が出来ました。
(台風の影響で明石海峡大橋は恐かったですが)
1年過ぎても私のVW病は相変わらずです、土日は早朝からいじっています。

少しでも妻や子ども達が快適に車内で居られるように、扇風機、カセットデッキ、
ウインカーの増設、¥400ウォッシャーシステムetc 。

我が家は、このキャンパー1台きりですが日常の足として、
雨の日も風の日もどこへでも出掛けています!

不思議なものでハンドルを握ると、とてもハッピーな気分になれるのです!
先日、地元を走っていると向こうから私のキャンパーと同色のレイトバス
が向かってきました、
お互い目と目が合い、どちらからともなく手を上げて挨拶です!
ほんの一瞬でしたが、VWに乗る喜びと苦労?を、分かち合えた気がして、
しばらくニヤニヤしながら走ってしまいました。

まだまだ先の話ですが、定年を迎えたら妻と二人、キャンパーで北海道旅行
したいと思っております(妻曰く、一人でいっといで!)

”じじい”になっても乗り続けたい、家族が「危ないからもうやめてくれ」と言うまでは、
VWと共に生きてゆきたいですね!


 

京都府 Y.K さん    (1967 Westy)

T-2 ウェストファリア キャンパー



今の車はTIPE2 Westfalia67です。
家族4名、私が38歳、家内36歳、子供は10歳と6歳です。
 
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今のWestyに乗ってはや5年です。(VW歴は20年ぐらいです)
そろそろいろんな所がほつれだし、またいろんな事をやりたくなって来ていますが、
今は先立つ物がございません。
今はただただ、「故障しないように、、合掌」の日々です。
 
そんな時、宝くじ当ったらどうします? 
Wagen乗りなら、Full Restoreでしょう!
Engineも2000CC級に載せ変えて、ミッションもやり変えて高速キャンパーに変身!ついでに家族の為、Fan禁句ですがエアコンを装備!
あっと忘れていたSafali Window!前後追加!
キャンプテントもOriginalを購入して、その他Optionもザクザク購入。
色も2Toneに塗り替えて、、DXボディモールも付けてしまえ!
工具もザックザック購入だ!ガレージにも油圧ジャッキ仕組んだりして、、
もう止まらない、ついでにOvalも購入だ!
Vintage CalかナーフバーのバリバリCal Lookかどっちにしよかな、、、
色は青み掛かったシルバーで、ホイルはフックスフルポリッシュ、、、
Weber積んで、、、、、基本的に80年代!
 
っていう事で、その際は宜しくお願いします。
宝くじ当ったらポルシェ買うかもしれませんが、でもWagenは手放せない
でしょうね〜。

 

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※昨日クラッチケーブル切れ、自分で交換したらジャッキアップの際に車が
  車庫の柱に激突。凹みました。オイル漏れも下からシッカリのぞくと
  全体的に出てますね、、
  ほんとFull Restoreしたい。

 

奈良県 ハリー 34歳  1975年式 1303S
妻と長男(4歳)の3人家族  VW暦6年半

T-1 スーパービートル 1303S

 

「僕がビートルを選んだ訳は・・・」

僕がビートルを選んだ最初の理由は、「駐車場」です。

1998年、結婚した私は中古ながら一軒家を購入しました。駐車場つきです。

ただし、この駐車場が曲者で、全長4m50cm、奥行2m、そのスペースに縦列駐車で入れなければいけません。三方は壁で囲まれている状態ですので、前後の余裕と
縦列テクニックが必要なのです。実際に色々と駐車してみた結果、全長4mほどの
車でないと駐車できないことが判明しました。そしてその駐車場に入る、という事が
車選びの第一条件となりました。

その頃、calマガジンなども時々眺めていたのでVWの存在は知ってましたが、
ただアメリカ好きだった私にはアメ車などと同様、憧れの存在でしかなく、
実際の選択肢には入ってませんでした。

ただ、現行の車にはどうしても魅力が感じられず、予算の関係も有り国産の
中古を探しました。

そうこうしているうちに、知り合いのつてで知り合った車屋から「今、面白い車が
1台有るよ。」という話を聞きました。それが、後の我が家の初代ビートルでした。

ある日の夜、そのビートルを一度家に持ってきてもらう事になっていました。
仕事で少し遅れてドキドキしながら家に帰ると、なんと!あの駐車場にビートル
すっぽりと収まっているではありませんか!「やった!」1976年式スポルトマチック
クーラー付、6Vルック、メタリックブルー。

試乗。気分は最高で、もう何も見えません。知識のほとんど無い私は、
これが運命か?と勝手に盛り上がり、即購入を決めてしまいました。

暗がりで、ボディーカラーもはっきりと分からないのに・・・
(後で明るいところで見た時、思っていた色と少しイメージが違ってました)

ここまで読んでいただくとお気づきでしょうが、まさに典型的なVW初心者の
購入失敗パターンでした。

しばらくは舞い上がって乗っていましたが、だんだんと不具合が出てきました。

購入した先は、個人のブローカーで当てになりませんし、相変わらず私の知識も
有りません。「どうしよう・・・。」ここで初めて事の重大さに気付きました。

そんな時、妻の「24号線の木津川あたりに何かビートルの看板有ったで。」
という言葉を頼りに、向かった先が自宅より20分ほどの所にあるOld Comerでした。

それから、ちょこちょことお世話になり始めたのですが、色々と知識がついてくると
スポルト、クーラー、6Vルック」というのは何か違う?と感じ始めていました。
そして相変わらず起こる小さいトラブル。一生乗ると言ってはいるものの、不安が増大する日々。ただやはり自分で選んだ最初のマイカーというのは愛着が有ります。

そして色々と考えた結果、宮下さんのアドバイスもあり「一生乗れる」一台を
探すことに決定。

無事、1年乗ったスポルトの次の乗り手も見つかり、今度はじっくり!探すことに
しました。そんなある日、Old Comerより「ワンオーナーの程度のいいのが入庫するからどう?」と連絡を頂きました。奈良でワンオーナーで乗られていた1303Sでした。

アイロンテールぐらいの年代がいいかなと思っていたので、最初マルサンと
聞いたときは正直「うーん」と思いましたが、現物を見ると、
薦めていただいた訳が分かりました。「一生乗る。」にはまさにぴったり。
オリジナルカラーのボディーのツヤ、シートのクッションの良さ。
もちろん新車ではないですが、新車のような程度のよさを感じ、
2代目ビートルの購入を決意しました。

納車前に一度試乗させていただきましたが、これがビートル?という
乗り心地のよさにビックリしました。あのときの感動は今も覚えています。

 スーパービートルinスキー

購入後、大切に乗ってますが、普段の
足として、旅行やキャンプ、スキーなど、
どこにでも家族と共に行ってます。
ビートルで行くと、もちろん時間はかかるし、
暑いし、ですがやっぱり楽しいのです。

他の車ではこの気持ちは味わえません。

今年の2月には福井県に短期出張で
1ヶ月ほど行っておりました。

ビートルにスタッドレスを履き、雪の中、
通勤に、週末はスキーにと大活躍でした。

もう5年半程経ちますが、トラブルはクラッチ
交換1回とガソリンホースの破れ1回が
有ったぐらいだと思います。今更ながら、
やはり車選びは大事だと、
Old Comerさんには感謝しています。

 

2000年に子供が生まれ、それ以降後部座席にはチャイルドシートが着いています。

その息子は、家の車にはクーラーが無いのが当然、という環境で育っています。

どこに行ってもエアコン完備で、リモコンで何でも操作できるこの世の中で、
これぐらいの不便はあってもいいんじゃないか、という思いでいます。

それよりも、生まれたときからビートルに乗っているなんてうらやましい限りです。

僕はこのビートルに一生乗るつもりでいますが、もし、息子が免許を取り、
どうしてもという事だったら譲ってやってもいいかなあ。

 スーパービートル&Daddy&Son

そのときは、ワーゲンバスでホットドッグ屋をやる、というのが
僕の密かな夢なのです。